Cheers!
長いお別れ

『〜だから、事件についてもぼくについても忘れてくれたまえ。だが、そのまえに、ぼくのために〈ヴィクター〉でギムレットを飲んでほしい。それから、こんどコーヒーをわかしたら、ぼくに一杯ついで、バーボンを入れ、タバコに火をつけて、カップのそばにおいてくれたまえ。それから、すべてを忘れてもらうんだ。テリー・レノックスのすべてを。では、さよなら』
レイモンド・チャンドラーの小説『長いお別れ』の一部だ。これは遺書で、作品の重要なテーマになっている。これを読んだ主人公フィリップ・マーロウは、故人テリーのためにコーヒーを淹れ、バーボンを垂らし、煙草までつけてやる。そんな叙情的な行動がこの小説の魅力なのだが、さてここには二つの酒が出てくる。ギムレットとバーボン入りコーヒーだ。
ギムレットは大変ポピュラーなカクテルなので、誰でも一度は飲んだことがあると思う。ジンとライム果汁を2:1の割合で混ぜれば出来上がり。簡単で美味いカクテルだ。バーテンダーの好みで割合を変えたり砂糖を加えたりもする。ちなみにテリーはジンとローズのライム・ジュースを半分ずつ、他には何も入れない、と言っている。
もう一つがバーボン入りコーヒー。「そりゃあ一体なんじゃらほい?」と思われる方のために、別の作家の小説の一部を紹介することを許していただきたい。『(いつものようにバーボン入りのコーヒーを飲んでいた)コーヒーが世の中をせっかちにし、バーボンがそれを和らげていた。ほどよくバランスがとれていた』〜ローレンス・ブロック『冬を怖れた女』
「そんならはじめから飲むなよ」とお思いか。まあ一度試してごらんあれ。厳密に言えば少しは酔うのだ。ホロ酔いの一歩手前という、実に微妙な状態になる。あとはコーヒーが不味いときにもいい。バーボンの入ったコーヒーは、バーボンの味でもなくコーヒーの味でもないものになる。他の物に例えられない、芳醇な香りと甘さがあるのだ。勿論ブラックコーヒーに入れること。量は少量で充分。
ここまで書いたら無性に飲みたくなったので、コーヒーを淹れてバーボンを垂らしてきた。今日はこの一杯をナイトキャップとしよう。Cheers!
参考資料
ハヤカワ文庫『長いお別れ』レイモンド・チャンドラー 訳/清水俊二
二見書房『冬を怖れた女』ローレンス・ブロック 訳/田口俊樹
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