ここで食する!


目黒『とんき』



 目黒区下目黒1-1-2
 Tel 03-3491-9928
 OPEN 16:00〜22:45
 火曜、第三月曜定休



 ここは古くは池波正太郎氏、最近では徳大寺有恒氏らが絶賛している、名店中の名店。とんかつと言えば権之助坂の『とんき』という人も多いはずだ。
 夕方からの営業なのだが、六時を過ぎた頃にはもう店の前には行列が出来る。店内も壁際に行列。今回は開店間もない時間に行ってみた。先客はまだ七〜八人だけ。すんなり座れたのは初めて。ちょっと戸惑ったくらいだ。

 白木のカウンターにつき、日本酒とお新香盛り合わせ、串カツ(二本700円)を頼む。小さな猪口で一杯飲んで、あらためて満足の吐息をついた。心の中のしこりがほどけていくような気がする。自然と頬がゆるむ。目の前ではカツを揚げる名物叔父さんがニコニコしながら、リズミカルにカツに包丁を入れている。
 この店の魅力は居心地の良さなのだ。白木のカウンターは分厚く長く、ニスも塗っていない。肘を置くとしっとりと柔らかい。時折かんなをかけているのか、いつでも真っ白で清潔だ。油染みなんかは全くない。天井からは白熱電球が四〜五十本ぶら下がっていて、これも柔らかく明るく光を放っている。コの字型のカウンターの内側、つまり目の前は大きな厨房。所謂ドライキッチンというやつでとても清潔に保たれている。必要な道具以外は何も置いていない。柔らかい照明と大きな厨房と木造りの内装。時折ジリリンと黒電話が鳴る。僕はここへ来るといつも親戚の家に来たような気分になる。そこは福島の片田舎にあるのだが、昔からの大きな家なので台所もとても広い。そんな懐かしい風景をこの『とんき』は思い起こさせる。

 店員は五人。もっと忙しくなると増えるはず。衣担当の人、揚げ担当の人、他に配膳担当が何名かという構成。この人たちの接客の良さも有名だ。池波正太郎氏はこんなコメントをしていたと記憶する。
 「みんな仕事が楽しくてしょうがない、といった風で働いているのである」
 しかし客と店員がなごやかに談笑するわけではない。愛想がいいわけでもない。先の揚げ担当の名物叔父さんだけはいつも嬉しそうにニコニコしているのだが、他の人たちはわりと無表情だ。その分仕事が真剣。気配りもここまで出来るのか、と感嘆せずにはいられない。言うより先にサービスが来る。

 酒を二本飲んでそろそろ腹が減ったな、と思ったところで目の前にいた店員が声を掛けてくる「お食事はどうなさいますか? カツ単品で宜しいですか?」。単品でと頼むと、待つほどもなく揚げたてのカツが配膳された。サインを送ったわけでもないのに、ちゃんと食べたくなった頃に合わせて揚げているのだ。
 ここのカツの衣は薄い。サクサクという歯触り。脂身の少ない肉をじっくり揚げているから歯ごたえがある。ボリュームは満点。付け合わせのキャベツも美味い。次第に客が入ってきて、いつの間にか満員である。

 キャベツがなくなりそうになるとすかさず持ってきてくれるのだが、二回目の分を食べ終えてかなり腹が一杯になった。もう要らないなあ、と思っていると持ってこないのである。不思議でしょうがない。そろそろお茶が欲しいな、と思うとすかさず出てくる。全くもって不思議である。これがプロフェッショナルの気配りというものなのだろう。

 壁際で並んでいるお客たちも、イライラした表情は絶対に見せない。ここに来るとみな朗らかでゆったりした気持ちになるのだ。英語風の言い方をすれば、ここの店員たちはみんないいバイブレーションを持っているということだろう。それが客にも自然と伝わってくる。それがこの店の人気の元だ。各界の誰もが絶賛する店、絶対にお勧めである。


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