Cheers!
チンザノをどうぞ

チンザノを初めて飲んだのはずいぶん昔、二十代に入ったばかりの、ある冬のことだ。 何故オーダーしたのかは憶えていないのだが、鼻から抜ける独特の香りに「ああこれは駄菓子屋の匂いだ、ニッキ飴の匂いだ」とノスタルジアを想起させられたことは、はっきりと憶えている。
スイートベルモットの代表であるチンザノには、主にロッソ、ビアンコ、ドライの三種類があって、大抵のバーにその三つは置いてある。「取りあえず飲んでみっか」と思われた方は、是非ともハーフ&ハーフを試していただきたい。甘いロッソとすっきりしたビアンコ、もしくはドライを1対1の割合で混ぜるのだ。ロックグラスの氷が溶け出すままに、好みの濃さで飲めばいい。
チンザノには、シナモン、フェンネル、ミント、カルダモン、コリアンダー等々、多数の香草が溶け込んでいる。地元イタリアでは腹痛や頭痛のときにも飲むのだと言っていた。勿論、食前酒や一杯のカクテルとしても旨い酒だ。その香りと精妙な苦みが、口中に甘美な後味を残していく。それはロマンティックな一杯と言えるだろう。
思えば、匂いと記憶の結びつきというのは面白いものだ。以前ギリシアを訪れたときのことだ。アテネのロイヤルオリンピックホテルのロビーには、不思議な甘い匂いが満ちていた。それを嗅いでいるうちに、自分がまだ3〜4歳だった頃の光景が脳裏に甦った。借家の裏に広がる広大な草原。一面のコスモス畑。自分よりはるかに背の高いひまわりの続く田舎道。その甘い匂いの元は、当時母親が勤めていたクリーニング工場で嗅いだものだった。六十年代の日本で使われていた、絨毯用リンスの匂い。僕はそのとき異国の地で、記憶の奥深さというものにたじろいだ。
ニッキ(シナモンだろう)の香りが懐かしくて、チンザノはお気に入りの酒となった。特に寒い冬にはかかせなかった。まずはチンザノのロックを一杯飲んでからバーの夜は始まったのだ。
あれから長い年月が経過してしまった。今チンザノを飲んで思い出すものは、もはや子供の頃の記憶ではない。バーでデビューを果たしたばかりの、あの頃だ。シャンパンの味も知らなかった、あの頃だ。
そして酒の肴は、声、笑った顔、喧噪、匂い。さて、今宵もCheers!
参考資料
GRUPPO CAMPARI
http://www.campari-international.com/index.asp?langue=en
輝ける闇