Cheers!


輝ける闇



『大尉はひび割れた合板のコントワールにグラスを二つおき、一滴、一滴を惜しむしぐさでウィスキーをつぐと、さて、さてといって手をこすった。私もさて、さてといって手をこすった。シャワーをすませたばかりの彼のまわりでは爽やかな石鹸と湯の匂いがうごき、胸を埋める金褐色の茂みはまだ濡れていて、あちらこちらに露が燦めいている』
 開高健が書いた『輝ける闇』の冒頭部分である。この一部分を読んで「はて、これからあとに何かアブノーマルな世界が展開していくのか知らん」などと勘ぐっちゃあいけない。このあとにはウィスキーの説明があって、そこから先は殺伐としたベトナムの戦場の物語が展開するのだ。
 ここで登場するのは“ジャック・ダニエル”。大尉はこのウィスキーについて『噛むんですよ。すすって、それから、噛む。それから呑みこむんです』と講釈する。確かにジャック・ダニエルのラベルには「リアル・シッピン・ウィスキー」と明記してあるのだ。更にそこへ開高健は「噛む」というアクションまで加えている。およそバーボンという飲み物は、スコッチ派からすれば下品なヤンキーの飲み物と思われているのだが、上等なバーボンは上等なワインのように味わって飲むことが出来る。そういう銘柄は幾つかあって、同じ愉しみをスコッチに求めると値段がはるかに高くなってしまう。
 ジャック・ダニエルはアル・パチーノが主演した映画『セント・オブ・ウーマン』にも重要な役柄として登場する。ここではパチーノがジョン・ダニエルという敬称で愛飲している。決して高級酒というわけではないが、広く一般的に愛されている酒なのだ。
 広義ではバーボン・ウィスキーだが、厳密には“テネシー・ウィスキー”と言う。蒸留したアルコールを濾過してから樽で寝かすという手順が、一般のバーボンとは違うというのである。まあそんなウンチクより、この酒を造っているテネシー州ムーア群では、現在も禁酒法が施行されているという事実のほうが面白い。造るのはいいが売ったり買ったり飲んだりは駄目なのだ。そんなエピソードを聞くと、アメリカという国の無辺際さが改めて分かる。Cheers!

 参考資料
 新潮文庫『輝ける闇』開高健
 JackDaniels.com http://www.jackdaniels.com/age.asp?language=Japanese
 UNIVERSAL『セント・オブ・ウーマン』1992年 監督 マーティン・ブレスト 主演 アル・パチーノ、クリス・オドネル

 長いお別れ
 チンザノをどうぞ