Allegro,con brio!
Birdland

ジャズに心底ハマった日のことを、今でもよく憶えている。
大学一年生の秋のことだ。その夜は何となく寝付けなくて、夜中までテレビを眺めていた。深夜二時頃だったろうか、その年の夏の『マウントフジ・ジャズフェスティバル』を放送していたので観ることにした。もともと吹奏楽をずっとやってきたこともあって、音楽は好きだった。
四畳半の部屋に寝転び、テレビを眺め続けた。「なかなかいいな」という程度だった。コーヒーを飲もうと思って立ち上がり、流しで湯を沸かしているとき、テナーサックスの響きが聞こえてきた。僕は啓示を受けたごとく振り返り、テレビの前に座った。
カラフルな帽子を被った黒人のテナーサックス奏者が演奏していた。14インチテレビのチャチなモノラルスピーカーを通しても、深い音色を伝えてきた。バリっとしていて、全音域に渡ってつやつやと濡れている。そしてそのメロディーの美しさ! ああ、何だこれは!? バックは非常にクールなピアノと、控えめだが歌っている弦バスーペグの先まで鳴り響いているようだ。ドラムスのスリリングなハイハットとリムショット。フルートのソロ。意識はすっかり引き込まれ、身体中の細胞が演奏を聴いているみたいだった。エンディングでもう一度主題が繰り返され、四人の奏者は見事にクライマックスを演奏した。そのときには僕は完全にショック状態にあった。
アーティストの紹介は演奏前だったようで、バンド名も曲名も分からなかった。手近にあったノートを開き五線譜を引いて、忘れないうちに音符を書いていった。リズムはボサノバか。4分の4。テンポはブルース。テーマはA・B〜A・Bで、はっきりとした主題の旋律が現れる。テナーとピアノのユニゾンだ・・・。次の日には早速レコード屋に走っていった。
そのバンドはドン・プーレンージョージ・アダムス・カルテットという。ジョージ・アダムスがテナー、ドン・プーレンはピアノ、ベースがキャメロン・ブラウン、ドラムスがダニー・リッチモンドだ。強烈な印象を残した曲は『セレナーデ・フォー・サライア』。作曲はジョージ・アダムスである。
慌てて書いたメモは今も手元にある。「ロックーいい、イカす」「ジャズーたまらない」とコメントが走り書きしてある。その頃、音楽は何でも聴いていた。時代としては輝ける80年代だったから、やはり洋楽ポップスやロックが多かったかもしれない。ジャズについては一応学校でジャズ研に所属していたこともあって、好きなことは好きだったのだ。だが魂を奪われるように魅了されたことは一度もなかった。それが『セレナーデ・フォー・サライア』一曲で価値観がすっかり変わってしまった。
それからはジャズを聴く態度が変わった。様々なアーティストの演奏を聴いた。いつもいつも、「たまらない」曲・演奏を探し続けている。魂がぶるぶると震えるほどの狂おしい陶酔。今度はいつそんな体験が出来るだろうか。
参考資料
東芝EMI、BLUE NOTE『永遠の歌/ドン・プーレンージョージ・アダムス・カルテット』1987年
THE SEAZONS/CONCERT WALTZ op.67
Sweet Love
鳥は星のかたちをした庭に降りる