Allegro,con brio!
THE SEASONS/CONCERT WALTZ op.67

N先生、お元気ですか。
先日あるコンサートでグラズノフを聴いたのですが、その若い女性指揮者による演奏は、どこかあのアンセルメを彷彿とさせるものでした。
あの頃、先生と二人で「アンセルメの四季はどうもうまくない、情感が足りない」なぞと話し合ったことを憶えています。というのも先生の担当している吹奏楽部の定期演奏会の目玉で、グラズノフの四季の第四楽章をやらんとしていたからでした。
“四季”といえば大抵はヴィヴァルディですね。あれも言わずもがな名曲ですが、グラズノフの四季もあなどれません。構成のダイナミックさこそ劣りますが、その叙情的な旋律は郷愁を呼び覚ますものです。こんな話しも当時しましたね。
コンサートが終わった夜、家でひさしぶりにアンセルメのレコードを聴きました。彼の楽団であるスイス・ロマンド管弦楽団の演奏です。これは高校生のときに買ったものですが、当時から気に入らなかった演奏でした。あの演奏会の前にも、一応参考にとこのレコードを部員の何人かで聴きましたが、やはり評判は良くありませんでした。全体として浮ついているし、肝心の第四楽章もテンポが速すぎる、と。
しかしその夜、何年かぶりに聴いたアンセルメの演奏は思いがけず良いものでした。速いテンポも快活と感じ、むしろ嫌みがなくていいとも思ったのです。「ああこの人はやはり古い人だ、これは昔のワルツそのものだ」。あっけないほどの終楽章も小気味良いと感じたほどなのです。これは一体どうしたことか。
この歳になってようやくアンセルメを良しとしたのでしょう。一部のワインは飲み慣れた人でないと不味いと感じるように、アンセルメの演奏にも歳を経て良いと感じるものがあるようなのです。
音楽は恐ろしいものです。一時でも真剣に関わると、恐らく一生関わり続けなければ気が済まない。ましてや楽器や総譜を突き詰めた人間ならば尚更です。僕も未だに音叉を耳に当てて絶対音感を確かめてみたくなるときがあるのです。これは果たして幸福なのでしょうか。
心が高揚するほどの楽曲を聴くと、目の前にある全ての事柄は無意味となります。迫り来る弦の動き、オーボエとフルートのユニゾンの音色、ボーンのバリっとしたアタック、それらがただ頭の中で潮のように繰り返しやってきます。そのめくるめく歓喜と悲哀の向こうには一体何があるのか。僕は時折、ただ恐ろしいばかりなりと感じるのです。
参考資料
キングレコード(株)『グラズノフ:バレエ音楽「四季」、作品67』1982年
Bardland
Sweet Love
鳥は星のかたちをした庭に降りる